王という肩書きの商店主たちの話『カペー朝 フランス王朝史1』


王は凡庸、周りの敵は華麗にして巨大。
絢爛と呼ぶにはあまりにささやかな
フランス王家物語の幕が、いまあがる。

表紙帯の煽りより。こういうの大好きさ!


カペー朝―フランス王朝史1 (講談社現代新書)

カペー朝―フランス王朝史1 (講談社現代新書)

というわけで、みんな大好きというか俺が大好き西洋歴史小説のすごい人、サトケンこと佐藤賢一の歴史読み物新書。
サトケンの歴史本としては、名著『英仏百年戦争 (集英社新書)』のちょうど前の時代にあたる。
『英仏百年戦争』本史はフランス王国ヴァロワ朝の成立とそれにまつわるイングランド王家の因縁から始まるが、本書はその前朝にあたるカペー朝の歴代王のお話。小説で言えば『オクシタニア』とかのあたりまで。
とりあえずまとめると、王といっても所詮は神輿、苦労ばかりでやるだけ損という時代にうっかり王の座についてしまった凡庸の人ユーグ・カペーからはじまる弱小王朝に生まれた王たちの成り上がり物語…という感じ。
「ユーグ・カペーからはじまる」といっても、その書き手が世に聞こえた歴史小説家であっても、凡人ユーグがその凡人ぶりにもかかわらず何かいろんな頑張りをして偉大な業績を挙げ、それがカペー朝隆盛の原動力になりました、…などといった小説のような話はまったくない。
しかしながら彼が在位中に成したほぼ唯一の仕事が、のちのち尊厳王フィリップ2世や聖王ルイ9世のような英雄、名君を生むことになるのだから面白い(どんな仕事かは本書を読んでのお楽しみ。…まあ裏帯でネタバレしてますが)。それ以外の大小の王たちの話もみな面白い。
それもこれも、その面白さを伝えるサトケンの文章のおかげで、やっぱりサトケンの歴史読み物にハズレなしだと思う。しかしそれを伝えようとする俺の文章は面白くない。くっそう。


わかりにくいところは思い切って現代の物事や感覚に例えてくれるのがサトケン読み物のいいところ。本書で歴代の王たちの振る舞いが無理なく身近に感じられるのはそういうことにあると思う。
ルイ9世の章からひとつ引用。
偉大な母と愛する妻の間で右往左往する、時の権力者のくせに現代人の夫みたいなルイ九世。

まさに敵なしだった。広大なフランス王国のなかで、唯一頭の痛い場所はといえば、もはや自宅だけなのだ。嫁姑問題さえ片づけばと、ルイ九世は溜め息を吐いたに違いない。あげくに考えついたのが、妻に里帰りを許しがてらの海外旅行だった。
 およそ六年間にも及ぶ旅で、最中にはジャン・トリスタン、ピエール、プランシュと、立て続けに三人も子供が生まれているから、遅れたハネムーンだったのかもしれない。ああ、これはうまいと思わず膝を叩きたくなったろうというのは、私が留守の間フランスをお願いいたしますと、かたわらでは母親ブランシュ・ドゥ・カスティーユの顔も立てることができたからだ。うん、これしかないとルイ九世が思いついた海外旅行は、「十字軍」と呼ばれるのが通例となっている。
(『7 聖王ルイ九世(一二二六年〜一二七〇年)』p172-173より)

もちろん真面目な動機もちゃんとあったんだよと次の項でフォローが入り、そこからがルイ9世時代の十字軍についての本題なわけだが、それにしても言い回しがいちいち面白い。
もちろん誇張もあろうかと思うが、カペー朝歴代王者の「キャラ」を楽しくわかりやすく知ることができる、ということを通じてフランス史が面白くなる、とてもよい本だと思う。予備知識はほとんど不要。むしろこの本でゲット。