第67期名人戦第3局大盤解説会in伊勢崎に行ってきました:本編

この記事の続き。


タイトルの通り、群馬県伊勢崎市で行われた名人戦第3局の大盤解説会に行ってきました。
解説は藤井猛九段。
発端とかは前回の記事をご覧ください。


エントリ中の藤井先生などの発言の記述は俺の記憶から再構成したものです。
その点あらかじめご了承ください。
また内容について事実誤認等あればご指摘ください。


主催は「福祉百人会」という地元の団体の方々でした。
前回の東京将棋会館での大盤解説会に比べると、地域の有志による手作りの、どちらかといえばアットホームなイベントという印象をもちました。
まあぶっちゃけると色々とフリーダムな解説会(に自分には見えました)で、それが藤井先生ご本人の人柄と相まって色々と面白かったです。
…主催者の方や藤井先生にとっては不本意というか失礼に当たる気もしますが。


以下ようやく本編です。



開会前。

自分は約20分前に会場入りしました。
エレベータを出るとすぐ会場のホールに出ます。
受付に行くと予約しているか聞かれ「え?予約が必要だったの?」と驚きましたが、飛び入りでも大丈夫でした。
参加費を払って席へ。


会場内の様子はこんな感じ。

用意された席に対して参加率は9割くらい。
参加者は年配の方が中心。若い方も1割ほど。
他の方のやりとりからするに、多くの方がお互い顔見知りのようでした。主催団体の会員さんでしょうか。
割合がそういうことなので最初は身内のイベントに外部の人間(自分)が混ざったような感じもしましたが、棋譜が進んでいけばそこは同じ将棋好き同士。周りの人と手の検討をしたり、普通に楽しめました。


椅子に座って開始を待っていると、年配のスタッフの方二人(すぐ後で片方の方が会長さんだと知る)が壇上にあがり、大盤の駒を動かし始めました。
どうやら現在の局面まで進めておき、そこから藤井先生に解説してもらう段取りのようです。
自分は将棋会館で見た一回だけしか解説会というものを知らないので、「なるほど、こういう場合もあるんだな」と素直に思って見ていました。
が…



開会。藤井先生登場。

そうこうしているうちについに藤井猛九段が会場に現れました。
「うわあい藤井先生だ!」
どうしてもニヤニヤします。


そして開会。
主催の「福祉百人会」会長さんのご挨拶のあと、藤井先生の紹介がはじまりました。
地元群馬県の誇るプロ棋士ということで、紹介は詳細でした。特に竜王三期のくだりは対戦者の名前も全部紹介。
藤井先生は紹介の間目を伏せてました。たしかに笑顔を見せるところではありませんが。


そしてついに藤井先生が壇上に。
聞き手の方がいないので藤井先生オンステージ…のはずでしたが。

藤井(以下敬称略)「ただいまご紹介に預かりました藤井です。
…あれ?もう駒が進めてありますが…」
会長「こちらで進めておきましたので、現局面から解説をお願いします」
藤井「いや、あの普通は最初から解説することが多いんですが…
最初から解説させてもらっていいですか?
(と会長さんに確認する藤井先生。了解の返答)
では最初からやりましょう」

盤上の駒を初期配置に戻しはじめる藤井先生。
スタッフの方が手違いで進めてしまった盤を藤井先生が直しているので、なんというかアレな画でした。
しかもとどめに

藤井「(駒を直しながら)もしわかるかたはお手伝いしていただけるとありがたいんですが、…
(誰も出てこない)
いえ、いらっしゃらなくても大丈夫です。一人でも大丈夫です」

黙々と一人で駒の位置を直す藤井先生。いい人だ。



序盤。

最初に少しだけごたごたはありましたが、とにかく解説開始です。
藤井先生は棋譜を持参していないので、会長さんが読み上げます。

会長「先手、羽生、7六歩、後手、郷田、3四歩、…(どんどん読み上げる)」
藤井「ちょっ、ちょっと待ってください。初手から解説したいので…」
…ええと、もしかして会場の皆さんはもうこの辺はご存知なんですか?」

会長さんの思いっきりサクサクな進行と会場の身内感から、「もしかして主催者と参加者は進行のコンセンサスがとれていて、知らないのは自分だけなのでは?」と一瞬不安になったようです。
さすがにそんなコンセンサスはなく(あってたまるか)、会場からも最初からお願いしますの声。
というわけで初手7六歩から解説開始。
…出身地ということで群馬は藤井先生のホームグラウンドと勝手に思っていましたが、さっきからアウェイ感バリバリの展開です。てかなんで俺がハラハラしてんだ。


(相掛かり模様から▲2四歩について)

藤井「これ、子供に教える時困るんですよ。
ときどき気にしないで△8六歩って突いちゃう子がいるんです。
その時『別の手を指そうかなあ、いや、やっぱり厳しく▲2三歩成ってしようかなあ』って迷うんですよ(笑)
▲2三歩成しちゃうと子供は『うーん』って固まっちゃいますね。
歩がぶつかったらとりあえず取る。将棋を覚えるにはそこからですね」

前回も思ったことですが、棋力の低い参加者のことをきちんと考えて解説する藤井先生。
プロ棋士の解説では当たり前なのかもしれませんが、いいことだなあと思います。


会長さんの読み上げのタイミングと藤井先生の解説の流れはしばらくギクシャクしますが、続いていくうちに息があってきて、最後はとてもいい連携になってきます。


局面は、先手郷田九段の横歩取りから、後手羽生名人は8五飛戦法に。
解説大盤では、相掛かりの歴史、その性質と魅力、内藤九段の空中戦法、8四飛型と8五飛型の違いなどが、相変わらずやたら丁寧に、そしてやたらわかりやすく解説されました。
藤井先生は本当に序盤解説の神です。

藤井「…と、こうして偉そうに解説していますが、私は全部本に書いてあることを喋ってるだけなんですけどね(笑)
相掛かりは私には難しすぎるので、たぶん一生指しません(笑)」

個人的には「藤井システムを作っておいてどの口で…」という感じです。


さらに会場の参加者から手の変化についての質問を受けて、実際の変化をやってみせる藤井先生。
「研究では、この時点ですでに先手がいいらしいです」「この局面になれば後手がいいらしいです」と発言。

藤井「大駒が飛び交う派手な変化は比較的単純です。
そういう単純な変化は研究が早いんです。
みんなでよってたかって研究して、詰みまで研究されることもあります」

中盤。そして鬼の次の1手問題。

▲1六銀について

藤井「これはつらい手ですねえ。
この銀はもう働かないじゃないですか。
そういえば前々回、第一局で郷田九段が負けたときもこの1六銀があり、やっぱり働いていませんでした。
なんか嫌な流れです」

これ覚えておいてください。

会長「藤井先生、この辺で次の1手を」
藤井「ええっ。いや、今これ後手番なので…次の1手は先手番でやるのが普通です」

思いっきり謎なタイミングで言い出す会長さん。たぶん時間配分を考えたんだと思います。
とはいえ、たしかに出さないわけにはいかない。
棋譜が進むごとに次の1手を意識し始める藤井先生。

藤井「難しい局面ですねー」
会場「次の1手ですか!」
藤井「いや、この局面で次の1手出したら、私でも当てる自信がありません(笑)
だからもうちょっと進めます」


そして次の1手の局面が決定。
盤面はこちら。

藤井「まず、プロの第一感は『▲6七金左』です。
また、たぶんないでしょうが、気持ちとしては『▲3四歩』と突きたい。
あとなんでしょうね…
会場「▲7四桂はどうですか」
藤井「『▲7四桂』もいいですね。
飛車の横利きを止めつつ、銀を狙う。逃げれば角打ちがあります」
会場「それ以外の手は『その他』ですか」
藤井「それは広すぎます(笑)。その他の場合も具体的な手を書いてくださいね」

ちなみに藤井先生も正解を知らないそうです。なんという。


次の1手を考える時間、兼、休憩タイム。
記入はスタッフの方が目の前でコピー紙をビリビリ切って作った無地の用紙を使用。足りなかったら都度ビリビリ。
将棋連盟が各会場に用紙を配布してるのかと思いましたが、そういうものではないようです。
そしてたくさん用意されたボールペンのほとんどがなぜかインク出なくて焦る人多数(含む自分)。
ええい書けるペンはどれだ。これか?ダメだ!これか!?これも違う!!と、これが3本4本と続くとさすがに何かの間違いのような気がしてきます。
しかも焦ってるまさに目の前で「もう締め切りだよ!受け付けないよ!」と煽るスタッフのおじいさん。
いやこのボールペン用意したのあなた方だから。
鬼だ。鬼がいる。


休憩明け。

会長「正解は『▲8二角』です」
藤井「ほう!8二角。ほう、8二角ですか…しかしこれは…」

選択肢全部外れて「ほう」を繰り返す藤井先生。
ちなみに俺も藤井先生の選択肢の一つを選んで、そして外れました。
仕方ない。藤井先生が当たらないなら仕方ない。


それはともかく2名の正解者が出て、景品の棋書が贈られました。
一冊が郷田九段の本で、もう一冊が鈴木八段の本だった気がします。藤井先生じゃなく鈴木先生の棋書が出てきたのは同じ振り党だからかなあと思いましたが、その後の次の1手などの結論から言うと、景品の棋書のラインナップに特に意味はありませんでした。

会長「では正解者の方、壇上に上がってください。写真撮るので」

藤井先生が景品を手渡しする場面を一人ずつ撮影。そして正解者全員で撮影。
こういう一枚一枚が主催した地元の方々の記念として残るんだろうなあと思うと、ちょっとほっこりしました。


しかし二回目の次の1手はもうなんだかめんどくさくなって参加しませんでした。



終盤。

形勢入り乱れる終盤戦。
解説が現局面に追いついたので会長さんの受け取る速報棋譜を待ちながら話が進みます。
待っている間は会場から次の手や変化等の質問に対する解説が入るのでまったく飽きません。
むしろこの時間が楽しい。


先手が盛り返し、先手から見て左側から右に後手玉を追い詰める変化が現実味を帯びてきました。

藤井「これは先手優勢ですね。
前のほうで▲1六銀はひどいと言いましたが、こうなってみると関係ありませんね。
しかも後手玉が(右に)逃げるとこの銀が働く可能性も出てきましたし」

ボロクソに言われていた1六の銀がちょっと褒められてなんだか嬉しい。俺が。


と思っていたらまた後手が盛り返します。
持ち時間は後手羽生名人が40分以上残しているのに対し、先手郷田九段は10分ありません。
藤井先生いわく「先手の時間はもうないのも同じ」。


とりあえずいつもの自嘲。

藤井「これは後手がいいですね。先ほどまで先手がいいと言っていましたが、わかりませんね。
私が『こっちがいい』と言うと必ずひっくり返るんです」

ちばみに同じことを5回は言いました。大事なことだから…


しかし最終盤になると、先手郷田九段が優勢という雰囲気が高まってきます。
持ち時間も逆転。


そして新聞記事や各地の解説でもよく話題に出た△3七飛成の直前の場面。

藤井「さあ後手は大変です。このままだと後手玉はもう大体詰みます。
よって詰ましに行かないといけませんが、
△3七飛成は▲5七桂打で大丈夫」
会場「△8八飛成はどうですか先生」
藤井「△8八飛成は…(進めてみる)いいですね。これはいい手です。
では次は△8八飛成でしょう」
会場「後手玉は詰むんですか先生」
藤井「やってみましょう。
(駒を進めていく)…おや、詰みませんね。
大体詰むと思うんですが…
しかし後手が危ないことには変わりありません」

…藤井先生の「大体詰む」「普通詰む」「これだけ駒があったら詰む」という言葉にはいつもなんとも言えない気持ちになります。
しかしすぐに詰まないにしろ、藤井先生の仰るとおり後手玉はかなり危険な状態。


会長さんの携帯が鳴り、棋譜メールの着信を知らせます。

藤井「お、来ましたか。どうぞ」
会長「△3七飛成」
藤井「…ほお」
会長「▲7八玉」
藤井・会場「「ええー!?」」

ハモる解説者と参加者。以下△9六銀に▲8二飛。

藤井「これはどういうことでしょう。詰ましにいく駒を温存したかった…?
▲8二飛もおかしいですよ。普通、詰ましに行く時にこういう手は指さないもんです。
…もしかして、盤面が違っているなんてことはありませんよね?
私達は先手の持ち駒に桂があると思っているが、実際はなくて、合駒できないとか?」

実はその前の局面で変化の検討をしすぎて、互いの持ち駒が元通りに出来なくなりそうな場面が何回かありました。というか、元通りに出来ているかも怪しい。しかも誰も確認できない(ソースが会長さんの手元のメール棋譜しかない)。
というわけで、とりあえずこの局面までの棋譜で桂の使われ方を確認し、桂が先手の持ち駒に何枚あるか再確認。「間違っていたら本当に申し訳ないんですが」と何度も言う藤井先生。
しかし確認の結果、やはりこの時点で桂は先手の持ち駒にあります。


藤井先生、会場参加者ともしばらく考えていましたが…

藤井「…ははあ、わかりました。
郷田さんは後手が詰むと思っていたんです。
だから合駒せず▲7八玉で大丈夫だろうと。
ところが詰ます段になってみたらなんと、後手玉は詰まない。
『錯覚いけない、よく見るよろし』昭和の名棋士升田幸三先生の言葉ですが、1分将棋で時間のない郷田さんは錯覚してしまった。
それに今更ながら気付いた郷田さんの▲8二飛は、つまり予定変更です」

本局の感想戦をご存知の方はわかるように、実際の事情もまさに藤井先生の推理どおりでした。

藤井「私もこういうことがあったので、これは他人事には思えません。
郷田さんが自分だったらと思うと、本当にシャレになりませんよ。
何度も言いますが『錯覚いけない、よく見るよろし』です」

藤井先生は真顔でした。


そして会長さんに最後の棋譜のメールが届き、郷田九段の投了が告げられました。
対局者と解説者への拍手が贈られて解説は終了。



閉会。そしてボーナスステージ。

その後会長さんから簡単な閉会の宣言がありました。
色々あったけど面白かったなあ。藤井先生、主催・スタッフの皆さんお疲れ様でしたありがとうございました。さあ帰るか。
と思ったらスタッフの方が


「これから藤井先生と記念撮影を行います。希望される方は来て下さい」


何イーーーーーーーーーーーーーーーー!?
しかも一人一人とだとおおおおおおおおお


…もちろん自分もスタッフの方にお願いして撮ってもらいました。
本来は地域の将棋ファンへのサービスとしてやるんだろうから、外から来た自分がお願いしていいものかと一瞬ためらったりもしましたが、せっかくなのでお願いしました。
憧れの棋士とツーショットじゃよーきゃーうれしー恥ずかしいー
お前男だろ。いや待て違うそういう意味では。


で、帰り道でデジカメを再生してみたらこの写真だけ思いっきりブレてました。
やべ普通に誰かわかんない写真だこれ。


思い出してみればたしかに撮ってくれたスタッフのおじさんのシャッター切りがやけに適当でしたが、順番待ちの人を待たせてもなんだし、藤井先生にお手間をかけるのもなんだし、ていうかそこは最近のデジカメの性能を信じてもいたので、


つまりそんなわけでその場で確認しなかった結果がこれだよ!!!!


おしまい。





おまけ。

会場周辺をぶらついていたとき、あまりにタイムリーな看板を見つけました。





つまり、








おしまい。