第67期名人戦第6局大盤解説会in東京将棋会館に行ってきました

挑戦者郷田真隆九段の3勝で迎えた本局は、新名人誕生か?それとも羽生名人が踏みとどまるか?という大一番でした。
今回は東京三会場のうち、東京将棋会館大盤解説会に参加してきました。


本局の概要や棋譜などについてはこちらなどからどうぞ↓
http://www.meijinsen.jp/(中継サイト)
http://www.asahi.com/culture/update/0616/OSK200906160112.html(朝日)
http://mainichi.jp/enta/photo/news/20090617k0000m040102000c.html(毎日)


なおエントリ中に登場する方の発言や行動の記述は主に俺のメモと記憶から再構成したものです。
あらかじめご了承ください。
内容について事実と異なる点があればご指摘ください。



会場のこととか

開場は午後5時30分に対して会場到着は午後5時10分。
さすがに早すぎだろ自分、と思ったらもう20人くらいお客さんが。列はその後も伸びて3階の階段の上まで伸びていきました。
季節は梅雨、天気予報も曇りのち雨、狭い場所に大人がひしめいてるので、案の定蒸し暑いです。
階段付近の菓子パン自販機のガラスが真っ白だ…


蒸し暑さに耐えているうちに開場。
第2局で参加したときの会場は2階会議室(70名)でしたが、本局会場は2階道場。
ざっと見て150席ほどの椅子がありました。さすが大一番。最終的には立ち見が出ました。
ただ収容数をあげるため仕方ないのでしょうが、椅子同士の間隔はなく、客同士の肩がぶつかって窮屈なのが残念でした。




渡辺竜王、熊倉女流初段登場。

午後6時、解説の渡辺明竜王、聞き手の熊倉紫野女流初段が会場に。
進行役の方からの紹介のあと、さっそく解説にはいりました。


渡辺先生、壇上に上がって一言。

渡辺「これ自分で駒動かすんですか?」
進行「お願いします」
会場「(笑)」

1日目。序盤解説はサクサクと。

解説開始。
初手から解説が入るのかと思いましたが、

渡辺「今日東京は9時から大雨って予報でした。
 ちょうどこの解説会が終わるくらいの時間ですね(駒をどんどん動かしながら)」
熊倉「ええー(駒を動かしながら)」

あれ初手…

渡辺「東京の大盤解説会はここのほかに、スポンサーの朝日新聞社毎日新聞社でやってるんですよ。参加費無料で。
 朝日は築地で、毎日は竹橋でしたっけ。どちらも駅に繋がっていて、雨に濡れないんです。
 ところがここは有料で、雨にも濡れる。
 いいことないところに皆さんいらっしゃったんですね(笑)」
会場「(笑)」
熊倉「そんなことないですよー!
 皆さん渡辺竜王の解説を楽しみにしてきたんですよ」

その通りです。あと熊倉先生可愛いです。

渡辺「…でも、さっき紹介のときの拍手、熊倉さんのほうが多かったですよ」
熊倉「そんなことないですよー!」

そんなことないですよー。あと熊倉先生可愛いです。


…というわけで、今回は初手からの解説は端折られました。


△6四歩(8手目)から解説開始。

渡辺「この手は変化球ですねー。普通は5四歩ですが」
熊倉「ここから相矢倉にはなるんでしょうか?」
渡辺「ならないですね。こういう手は中川先生とか内藤先生しか指さないですよ」
熊倉「中川先生や内藤先生だと、右四間飛車になるんですか?」
渡辺「そうですね」

渡辺先生曰く、アマチュアでは人気の右四間飛車も、攻めが一本調子になるためプロではあまりうまくいかないことが多い…とのこと。
そういえば右四間飛車についてはちょうど漫画「ハチワンダイバー」の最新刊でも取り上げられていて、アマが上達していく際に必ずぶち当たる「壁」として説明されていました。


△6三銀(10手目)。先手は矢倉が見えています。

熊倉「郷田先生はこういう手を指されるんですか?」
渡辺「まず指さないですね。
 矢倉や相掛かりなら何千局と指してますから、勝手がわかるでしょうけど。
 こういう指し慣れてない手を指すのは勇気がいりますよ。
 で、これで負けて名人獲れなかったら必ず言われますよ。『あの時あれやっとけば…』って。
 しかし、陽動振り飛車ねえ…

さらっとネタバレする渡辺先生。
まあニュースやサイト中継見てきた人はとっくに知ってるんですが、ほら、まだ知らない人もいるかもだし?


棋譜が進み、後手が△2二飛と振って陽動振り飛車の構想を明らかに。
ここで熊倉先生から両者今後の方針についての質問が出ました。

渡辺「じゃあ、まず淡々と進めてみましょう、淡々と」

ひたすら両者駒組みをしたと仮定して出来た盤面は、先手穴熊対後手…名前はわかりません。6三銀を生かして7二金と上がった囲いです。自分が無知なだけで名前はあると思うんですが…
※木村美濃でした。

渡辺「先手は穴熊ですが、二手損してます。でも穴熊には組めました。
 対して後手は、手損無しで囲いを組めたのに硬くありません。ここからたとえば矢倉や銀冠に組むには手損になります。
 手損無しで組んだのに硬くないのでは、固めあいは不利です。
 だからこうして淡々と固める策は後手には最初から無いってことです」

なるほどー


封じ手の話。本局は午後6時半だったそうです。

渡辺「封じ手は別に何時までにしなきゃいけないって決まりがあるわけじゃないんですよ。
 規定の時間になると立会人が『そろそろ封じ手を…』って言ってきますけど、決まらないなら決まるまで考えていいんです。
 ただ、時間が伸びると、関係者のご飯が遅くなるんですよねー(笑)」
会場「(笑)」
渡辺「それでも関係者の都合を気にして早く手を封じて勝てなかったら意味ないですから、そこはちゃんと考えますけどね」


▲3六歩(26手目)から△7二玉〜△7三桂〜△5二金左、▲7九玉〜▲5七角〜▲8八玉と囲いあいに。
後手は右桂を跳ねていずれ8五桂を狙う構え。対して先手玉は8八で入城を果たしました。


熊倉先生から素朴な疑問が。

熊倉「この後手の囲いはなんて名前ですか?」
渡辺「えーなんでしょうね…『矢倉対へんてこ囲い』

いかにも今日一日限りのネーミングです。


個人的に気になっていた△7三桂についても解説がありました。

渡辺「▲8八玉のときに△8五があるはずなんですよ。そのために跳ねたんですから。
 ただそれができないってことは、後手に誤算があったんだと思います。
 実際、ここで103分長考してますからね」


ここで封じ手。▲4六歩(37手目)。



二日目その1。悲観する郷田、騙されない渡辺。

6筋の歩の交換のあと、先手は▲8四角と(47手目)と飛び出して玉頭付近の歩を入手。

渡辺「持ち歩がこの時点で3対0ですねー。
 囲いもばらばらですし、ここまでは後手が厳しいと見ていました、が!」
熊倉「が?」
渡辺「続きをいきましょう」


名人戦の夕食規定の話。

渡辺「6時半から食事休憩明けでしたっけ?たしかそうなんですよ。
 去年から規定が変わったらしいんですけど…」
熊倉「ご存じないんですか(笑)」
渡辺「だって、名人戦関係ないから
会場「(爆笑)」
渡辺「自分に関係ないタイトル戦の規定は知りません(笑)」
熊倉「私も知りません(笑)」
会場「(爆笑)」

ククク、そう言ってられるのも今のうちだ…!といいなあ。


渡辺先生の話では、夕食休憩が1時間→30分になったのは新聞社の都合だそうです。
名人戦の結果は翌日の朝刊に載るものですが、この朝刊の原稿の締め切りは東京で午前1時、地方では午後11時。だから対局時間が後者の締め切りを過ぎてしまうと、地方では翌日の朝刊に記事が間に合わないのだそうです。


先手は▲4六歩(57手目)〜▲4八飛(61手目)と飛車を4筋に転換。
△3二飛と後手も飛車を3筋に寄ったところでぶつかっていた6筋の歩を取る▲6五歩。
角頭にあたったこの歩を△6五同桂と跳ねて角銀両取りになりました。
先手は▲6六角と角を逃がします。
後手は残った銀が取れますが…

渡辺「これ銀桂交換で、駒割だけ見れば後手が得なんですけどねー
 普通は自分の攻めの駒と相手の守りの駒を交換するじゃないですか。
 この場合は後手の守りの桂との銀桂交換なんで、後手が特にならないんですよ」

渡辺「郷田さん形勢が悪いと手つきが投げやりになるんですよ。
 『ぺちゃーん』て感じで。
 この辺テレビで見てました。
 そしたら羽生さんが『バーン!』てものすごい音立てて指してました」
熊倉「(笑)」
渡辺「で郷田さんは『ぺちゃーん』て指すんです。
 そしたらまた羽生さんが『バーン!』て指して(大盤を叩くように駒を動かす)、
 郷田さんが『ぺちゃーん』て(力なく駒を動かす)。
 バーン!ぺちゃーんバーン!ぺちゃーん
熊倉・会場「(爆笑)」

郷田先生は悲観的なだけで、形勢が悪くなくても『ぺしゃーん』だそうです。

渡辺「まあ僕はもう騙されませんけど」

ひとしきり郷田先生ネタで笑いをとったあと、

熊倉「こういうこと言ってると郷田先生に怒られそうですけど、大丈夫ですか(笑)」
渡辺「いいんです。あちこちで喋ってますから

第2局の大盤解説会でも藤井先生が郷田ネタをやっていましたが、やはり郷田先生の悲観は真に受けてはならないようです。*1


その後棋譜が進み、後手が飛車と銀桂の二枚換え。

渡辺「この二枚換えから後手郷田さんが少し元気になってきた気がします」

二日目その2。本気でやれば先手が勝つ。はず。

▲2二飛(83手目)で対局者夕食休憩入り。
解説者の手持ちの棋譜もここまで。
進行の方が休憩明けの指し手を知らせてくれます。

進行「△8六歩です」
渡辺「うーん」

深く唸る渡辺先生。

熊倉「意外ですか?」
渡辺「意外です」

渡辺先生は先手が▲5五角と出て3七の後手馬を消しに来る筋を防ぐ「△5四銀」を考えていました。5四歩だと2二にいる先手の飛車からの攻撃を受ける際に、5二の金の下に底歩が効かなくなります。
後手はあまり駒を渡したくないからだろうという推測。


以下しばらく先手の考慮時間。
大盤も検討&雑談タイムです。
検討→現状復帰を繰り返している間に持ち歩の数がわからなくなるのはお約束。

渡辺「人の将棋は歩の数わかんないことよくあるんですよ(駒を直しながら)」
熊倉「ありますね(直しながら)」
渡辺「でも自分のときはわかるんですよね。
 感想戦とかで1歩足りないと『俺の1歩!』って(相手の駒台からものすごい勢いでもぎとる仕草)」

渡辺「私午前中は家に居て、ネットで対局見てたんですよ。
 ▲8四角を見たとき、妻に『あ、おれ来週名古屋に行くから』って言ってきたんです。『3泊4日』って。
 そしたら今になって…だいぶ怪しくなってきました」
会場「(笑)」


で、この△8六歩どうすんの?という話。同歩か同銀か、別の手か。

熊倉「『はあ、しょうがない』って言って取るしかないんでしょうか」
渡辺「羽生さんはそういうこと言いませんね。『そっかー』は言います」
熊倉「一人ごと言う棋士の方って多いんですか?」
渡辺「いますよ。対局中にうるっっさい人多いんですよ」

よしっ!よしっ!

熊倉「じゃあ指す時に『いくぞー!』って言ったりするんですか」
渡辺「言いませんよ!ハチワンダイバーじゃないんだから」

なるなるなるなるなるなるなるなるっ!!!
棋士の中では、谷川九段がほんとうに静かだそうです。
渡辺先生曰く、谷川先生の対局中の態度をAクラスとすれば、渡辺先生はCクラス。「可もなく不可もない」だそうです。

熊倉「でも、喋ると楽になりませんか」
渡辺「なります」


次局対局予定地であるホテルフォレスタの話。
いいところなんですよご飯も美味しいし、という話のあと、

渡辺「3泊4日かー…
 もし3泊4日の予定がキャンセルになったら妻に嫌がられます。
 (作らなくていいことになっていた)ご飯作ったりしなきゃならなくなりますからね。
 妻には嫌われたくないですよ…」

家に居ると迷惑って言われたとかそういう話も出ましたが、その辺の記憶があいまいなので俺の記憶違いだと思います。


羽生先生は銀が好き、ということで▲8六同銀だと常に王手飛車の筋があり、強く戦えないよね…というところで指し手の続報到着。
▲8六同銀△94桂(86手目)。
先手は長考モード。

渡辺「先手は楽しい長考ですよね。
 不利な長考は、数ある不利のなかのどれを選ぶかって話なので嫌になりますよ」

先手いい感じですが、

渡辺「『将棋は甘くない』…けど、将棋は甘いこともあるんですよね。これでいいってことが」

後手の検討をしてみると、まだそれなりにいける筋があるようにも見えました。
しかし先手が優勢のはず。

渡辺「いや、本気を出せば先手が勝つはずです」

以後3回くらい言いました。


進行の人から続報の棋譜到着。
自分の予想が当たらないと嘆く渡辺先生に

熊倉「これ自分考えてました
渡辺「いるんだよこういう人!

会場大爆笑。
対局観戦してると「あっこの手俺も考えてた!」ってありますよね。

熊倉「本当ですよ!」

ええ、ええ、わかります(羽生先生風に)。


ちょうどいいのでこの手が次の1手問題になりました。
しかし渡辺先生は▲5四歩を検討していたのに「予想が当たらなかった」と先に自分で言ってしまったので、「▲5四歩ではありません」と念押し。
休憩タイム。



二日目その3。終盤戦。平泉ってどこだっけ?

次の一手正解は馬の利きを止める▲4六歩(87手目)。
次の△6四銀は以前も検討されていましたがここで着手。
▲5三歩△6二金と後手の金が寄ったところで▲8四角。寄った金に角をあててきます。
そこで、大盤では△7三銀と角に当てて止める手が予想されました。

熊倉「ここで▲6六歩ってどうですか?」
渡辺「おっ。角逃げないで?」
熊倉「はい」
渡辺「若さが出ましたねー」

にこにこしながら言う渡辺先生。
熊倉案は渡辺先生の応手の結果、残念ながらうまくいかず。

渡辺「若さが出ましたねー」

大事なことなのでry

会場「▲95銀は?」
渡辺「それ言おうと思ってたのに(笑)」

しかしこの手も残念賞でした。


本譜は単に△5五歩と先手飛車を止め、その後△7三銀打(94手目)。
7〜9筋の応酬が続き、角切りで後手玉が7三に引き上げられます。


検討中。△84歩と後手が打ってきたら…

熊倉「▲8四銀△同玉▲8五銀ですね!(自信たっぷりに)」
渡辺「わかってます!(笑)僕もわかってますよ!」


終盤戦も進み、間違うと先手が危ない筋も続きましたが、「本気を出せば先手が勝つはず」の渡辺先生の言葉どおり先手勝勢に。
壇上では渡辺先生の先期竜王戦の話題。
第3局の話になり、開催地平泉には熊倉先生も中継の仕事で行ったそうです。で、

渡辺「平泉ってどこだっけ?

…奥様のブログでも同じ発言があったような、違ったような。

熊倉「平泉も食べ物がすごくおいしかったんですよー!」
渡辺「そうだっけ?もう覚えてません…」

この話題の直前に

渡辺「あのときは本当にひどい将棋で、一日目で終わってたんですよ。
 二日目はやることなくて、午前中で投げて帰ろうと思ってたんですが、一応ちゃんと指しました」

と話していた渡辺先生。
あまりにひどい負け方をした土地のことなので、覚えていなくても仕方ないと思います。
それはともかく平泉いいとこです。はい。


131手目▲8一龍で後手が投了。
会場から拍手。


締めのトーク
渡辺先生と熊倉先生は次局もコンビでBS中継の担当だそうです。

渡辺「次回の立会人が先崎八段と杉本七段です。
 先崎先生と私は結論ありきの人なんで、『もうこれ先手勝ちでしょう!』なんて好き勝手言うのを、杉本先生が「まあまあ…」ってやりながら進むんだと思います(笑)
 よかったらご覧ください」


改めて拍手が贈られて解説会終了。
渡辺先生にサインを求める人も大勢いました。さすがの人気です。
会場出口では熊倉先生が来場者一人一人に「ありがとうございましたー」と挨拶していました。
…あの、この解説会はじまってからずっと思ってたんですが、で間近で挨拶をいただいて確信したんですが、熊倉先生すげえ可愛いんですがどういうことなのコレいやなんでもありません。いやしかし可愛いだろ絶対…





渡辺竜王は事前の期待通り、トークのテンポが気持ちよかったです。解説・検討も切れ味よく、一生懸命でした。
最序盤はやらないとか、プロ的に見た有力な筋しかやらないとか、そういう意味ではある程度(俺レベルの棋力の低い人間から見たらだいぶ)将棋のわかっている人を念頭にした解説だったかもです。といってもじゅうぶん面白くためになりました。
聞き手の熊倉先生もとてもよかったです。
この記事では「可愛い」を連呼してばかりですが、まず喋り方がしっかりしていて聞きやすく、渡辺先生との呼吸もよくあっていました。気になる筋をどんどん渡辺先生に聞いてくれたこともよかったです。俺は全体通して「いいコンビだなー」と思いなら解説を聞いていました。



面白かったです。ありがとうございました。


次回最終局は6月23日(月)24日(火)です。
ってもうあさってじゃん!
※間違ってました…信じてしまった方、ごめんなさい。



おまけ

こちら



*1:…将棋とは関係ありませんが、この記事を書いている最中に『悲観者郷田ス』というフレーズが閃きました。一瞬自分でも意味がわからず、少ししてからhttp://www.sonymusic.co.jp/MoreInfo/Chekila/Thomas/top.htmlとかけたダジャレだと気付きました。父さん、藤井先生、豊川先生、俺もまた一つオヤジの階段を上りました。助けて