第67期名人戦第5局大盤解説会in毎日ホールに行ってきました

行ってきました。
以下その辺の話をまたしてもだらだらと書きます。


エントリ中に登場する方の発言や行動の記述は主に俺のメモと記憶から再構成したものです。
あらかじめご了承ください。
また内容について事実と異なる点があればご指摘ください。


対局の概要や棋譜などはこちらからどうぞ↓
http://www.asahi.com/shougi/news/TKY200906030339.html朝日新聞サイト、棋譜付)
http://mainichi.jp/enta/shougi/news/20090604k0000m040064000c.html毎日新聞サイト)




第67期名人戦第5局は秋田県秋田市で開催。
大盤解説会は現地に加え、前局同様、東京将棋会館関西将棋会館朝日新聞社読者ホール、毎日新聞社毎日ホールで行われました。


毎日ホールは毎日新聞社の入っているパレスサイドビル(皇居のちょうど真北)の地下一階にあります。
築地の朝日新聞社のときはビル内に飲食店ほとんどがなく待ち時間や休憩時に難儀しましたが、パレスサイドビルの地下一階と地上一階はリーズナブルな飲食店が充実しており、いろいろ助かりました。


開会前。

開会10分前に到着しました。
ホール前の案内板。

入り口を入ると、係の方から本局二日目昼までのダイジェストを印刷した紙と、次の1手を記入する紙をいただきました。


用意された椅子はざっと見て150席くらい。扇状に並べられ、最前列中央にはノートPCを乗せたテーブル。
そして向かう壁面には大盤の代わりにプロジェクターによって投影されたPC画面。
毎日ホールでの大盤解説会はこのPC画面の将棋盤を使って行われます。
この時点で参加者の数は椅子の7〜8割という感じです。


進行の方がマイクを持って現れると、後ろから解説の棋士の方々の姿が。

進行「本日解説をしていただく棋士の方をご紹介します。
解説の藤倉勇樹四段、聞き手の渡辺弥生(みお)女流二級、
駒操作の…(マイク離す)誰でしたっけ?」
会場「(笑)」
進行「失礼しました、田崎三段です」

むしろこの一件で田嶋尉三段の名前を覚えた件。
駒操作含めPCのオペレーションは田嶋さんの担当です。

オープニングトーク

藤倉「みなさんこんばんは。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、すごい激しい将棋になりました。
と思って今、盤を見たら序盤かという感じでしたね(笑)」
渡辺「みなさんこんばんは。
私は今日が大盤解説会はじめてです。
緊張していますが、がんばりますのでよろしくお願いします(会場から暖かい拍手)」

ということで大盤解説会デビューの渡辺先生。
やはり慣れていないためか、全体を通じて発言も控えめで、ぎこちない部分が多かったように思いました。
なので終了までの約2時間半は、往年の定番テレビ番組風に言うと
『ドキッ☆フジクラだらけの大盤解説会!〜ミオもあるでよ〜』
という感じでした。
ネタトークは控えめです。


今戦は後手番がすべて勝っている…という話から。

藤倉「プロは先後の差が大きいんです」
渡辺「名人戦では昨年まで先手が7割勝っているんですよね」
藤倉「そうなんです。だから『名人戦は振り駒勝負だ』とまで言われていました。
森内九段は『将棋はテニスと同じ』と言ってましたね。サーブが強力だと(サーブ権のある側が=先手が)勝ちやすいという話でした。
今戦で全部後手番が勝ったら珍記録です」

そんなに差があったのか…と驚いたにわか将棋ファンです。



1日目。序盤と思ったらなんかもう終盤でござるの巻。

先手郷田九段、後手羽生名人。
解説はもちろん初手から。

藤倉「初手▲7六歩… すみません、2六です。
初手から間違えてしまいました(笑)」
会場「(笑)」

2六歩からまずは毎度おなじみ男前郷田先生の棋風の話。今回も「なんでも来いや」の構えです。

藤倉「事前予想では一手損角換わりでしたが、実戦は横歩取りになりました。
飛車先の歩の交換のあと、後手は8五飛に引くのが流行っていますが…」

と、ここで藤倉先生による8五飛戦法講座。
実戦は△8四飛と、飛車を4段目に引きました。

藤倉「ここで▲2六飛と動いたんですが、これが大波乱のはじまりでした。
過去の例だと後手はこの局面で△4八玉と指し、おだやかに進めています。
しかし羽生さんは『それは許さん』と角交換」

▲8八銀に△4四角▲2四飛。△4四角の応手でハマリ筋の解説をしたあと、▲2四飛に対する応手の話。
この辺の序盤のハマリ筋の解説は、まだ棋力の低い自分にはとても勉強になりました。
毎度言ってますが、いや、本当に。


27手目、先手は▲5五角と後手角にあてて角打ち。後手も△2三銀と銀を先手飛車に当てます。
大駒が当たりまくって次の手は▲4四角と後手角を取りました。

藤倉「しかし、次の手が何を指していいのかよくわかりません。
渡辺さんいかがですか?強気に△2四銀?」
渡辺「私は△4四(同)歩でいきたいです」

実戦はその強気の△2四飛!
次に▲5三角成と、玉の目前に馬ができてしまいます。もちろん急所。
うぎゃー俺なら死ぬ。なんだかよくわからないけど死んだ気になる。馬怖い。超怖い。
ですが、

藤倉「▲5三角成で取られた5三の歩は『取らせた』ということでもあります」

先手の玉が5八にいるため、後手はのちに△5六歩▲同歩から△5七歩と叩くことができると。
なるほど…


しかし本譜はそれどころではありませんでした。
△2七飛と飛車を敵陣に打ち込むと、先手は▲2三歩!
この手を藤倉先生は大絶賛。

藤倉「▲2三歩は、郷田勝ちなら勝着の手です。勝てばですよ(笑・念押しのように)」

次に▲2二歩成ならだいたい勝ち、△2一歩と受けても▲1八角から攻めが続きます。

藤倉「▲2八歩△2五飛でいいのに、▲2三歩というのは先手がすでにいいと思って指しているんです。これは勝ちに行っている手です。
後手は飛車が角打ちで当たりになっているのがつらいですね」


ここで封じ手の話。

参加者「△8二飛と引いたらどうですかね?」
藤倉「それもあります。しかし▲8三歩が激痛(イタ)なんです」

よって△52歩が唯一の受け。

藤倉「いやー…
実は昨日の時点で、今日の解説会は大丈夫かなと思ってたんです。
私、2年前も大盤解説会で解説やらせていただいたんですが、解説会始まる前に対局が終わってたんですよね」
会場「(笑)」
藤倉「ところが今回はまさかまさかの展開で、(会が始まる前に対局が)終わるなんてとんでもありませんでした」

参加者もほっとしました。



二日目その1。

手羽生名人の封じ手△5二歩に対して、▲7五馬と引きながら後手飛車にあてる郷田九段。
△4四飛▲8二歩△同銀に▲1八角とまたしても飛車にあてます。
△2五飛成と逃げたところで▲6三馬成。ついに先手に馬が二枚できました。
8一の桂が狙われているので△7一金(42手目)と寄ります。

藤倉「ここで馬二枚を自陣に引いて、自陣の馬馬と相手の竜飛の違いでゆっくり指すかと思ったら、それどころではありませんでしたね。
ところで渡辺さん、この状況はどうですか」
渡辺「えーと…後手番は持ちたくないです」

あまり発言の多くない渡辺先生でしたが、ここだけははっきり言いました。
ここで藤倉先生は田嶋三段に盤の反転を指示します。
これで盤上は渡辺先生が「持ちたくない」と言った後手番視点になりました。

藤倉「ずっと気分のいい側で見てたので、大変なほうも見ましょう(笑)

思わず「うーん」という声が会場内からちらほら。うーん。

藤倉「金銀がこれだけ離れているのは本当に珍しいですよ。
42手目にしてすでにバラバラというのは、前代未聞です」

まあ低級者の戦いでは日常茶飯事ですけどね。誰も聞いてませんね。ええわかります。

藤倉「ところで今日、羽生さんを応援している方どのくらいいますか。(会場から手が上がる)
では郷田さんを応援されてる方は(手が上がる)…人数は同じくらいですね。
羽生ファンは今つらい場面ですよね。
しかし、ここから羽生さんはすさまじい頑張りをします。
昨年の名人戦第3局、森内名人との戦いも『必敗』といわれた場面から逆転しましたが、あれほどではないにしろ、同じくらいすごいです。
自分がこの場面を持ったら、次の手を指すこと自体できないかもしれません。
とにかく並みの神経では後手持てません」

一方の郷田九段の方針はわかりやすい。
藤倉先生曰く「テーマは『飛車取れれば終了』」。
ちまちまと飛車をいじめていきます。
まず8四の後手飛車を9筋に追いやり、▲2二歩成△同金と後手金を玉から遠ざけたうえ、その金が守っていた3四の地点を馬で狙います。


そこで後手は△6二歩(50手目)。この歩打ちでへこんだ形に囲いができました。

藤倉「このへこんだ歩が妙に堅そうに見えませんか?
これが羽生名人の囲いだと思うと、こちらが優勢なのに寄せられる気がしなくなりませんか?」
会場「(頷く人多し)」
藤倉「実際、強い人の玉はすごく堅いです。
私は木村八段と研究会で指すことがあるんですが、木村さんの玉はすごく堅いんですよねー」

しみじみ仰る藤倉先生。


ここから先手羽生名人が盛り返し始めます。
じわじわと遊び駒を使い始め、立ち往生していた2四の銀が△4四銀(60手目)と寄る段になると、もう守り駒の一員です。

藤倉「ここで形勢判断してみましょう。
まっさらな目で見れば後手が大変。先手がいいでしょう。
しかし10手前から見てみたらどうでしょう。ずいぶん後手よくなったと思いませんか?」
渡辺「そうは言っても、やっぱり先手がいいように見えます」
藤倉「そうですね。
しかし遊んでいた後手の2四の銀が4四にいて、活躍していた先手の5四の馬が1八にいます。
ですから、だいぶ後手が盛り返しました。数字で言えば、55対45より小さい差です。
ここまで郷田さんがはっきり悪い手を指した記憶もないんですけどね」

藤倉「ちなみに私は午前中のテレビで形勢を見たんですが、午後連盟に行ったら『(対局)終わった?』と言った棋士が3人いました(笑)」
会場「(笑)」
藤倉「午前中の形勢からしたら、精神的なものを考えたら後手もってもいいです。
将棋はメンタルのゲームです」

二日目その2。千日手が見えたと思ったら中盤になったでござるの巻。

先手は1八に退避していた馬を▲2八馬と寄り、活用を目指します。結論から言うとこの馬がのちに5五に飛び出して四方をにらみながら、もう一枚の馬が他の駒と連携しながら細かく動いて優勢を作っていくことになります。
しかし現時点では先に話題の4四の銀が「屈伸運動(by藤倉)』を開始。3三の桂の支援を軸に先手馬の位置に影響を与えつつ、歩を補充しつつ、なんか…色々…動いてきます。

藤倉「これは、逆に先手がまとめるの大変ですよ」
渡辺「どうしてこうなったんだろう」

それを解説していただけると…(しかし突っ込めなかった)。


そしてこの銀の動きが千日手の可能性を持ちはじめました。
形勢が上向きつつあるとはいえ依然劣勢の後手としては千日手大歓迎。

藤倉「連盟(将棋会館)を出る直前に千日手の相談をしてました。千日手になったら確実に終電がないので(笑)
駒操作の田崎三段と『自分ら(が先手)なら千日手にするよね』という話もしてました。
会場の皆さんはいかがですか?千日手にするという方(挙がる手はまばら)…おー、意外に少ないですね。
たしかに長丁場ですし、また指し直すのは疲れる、面倒だということですね。
渡辺さんはこういう場面ならどうしますか?」
渡辺「自分はあれほど優勢なんだから負けるはずがないと思って、しません」
藤倉「なるほど。しかし、将棋ではそれが命取りなんですよー」

そういえば「今優勢だから負けるはずがない」って少年漫画的になんとなく負けフラグですよね…


先手が千日手を嫌って打開。
後手は△2六歩で3七の馬が暴れる筋(藤倉先生曰く「夢の手順」)を止めます。
が、▲3七桂(87手目)が実現して以降、2五まで出張っていた後手の銀を2三まで追い払ってみると、やはり先手がいい感じ。

藤倉「さっきまでは先手に目指す目標がわからずたいへんでしたが、今は大分わかりやすいです。
先手は自然な手を指し続けていればポイントが上げられます。
じゃあさっきのは何だったんだということになりますが…」

詳しくは主催各紙の解説や「週刊将棋」「将棋世界」などの専門誌をご覧ください…ということで…


ここで藤倉先生が最新の盤面を映すよう田崎さんに指示。

藤倉「…ん?金無双ができてる?」

プロジェクターが映す最新の盤面には、後手に金の一枚足りない金無双が。

藤倉「金無双を作るのに最低でも1、2、3、4手かかるはずです。だいぶ進んでますね」

ここで参加者の方から最新盤での持ち時間の質問が。先手35分、後手15分。

藤倉「ヤバイ、『次の1手』もしないと」
会場「(笑)」


解説現局面に戻ります。
後手は8四の飛車が負担になっているうえ、2二の金がそっぽ。この金をなんとか5一まで持っていきたい。しかし手数が…

藤倉「しかし、羽生さんはしんどい局面を耐える力がすごい。メンタルが強いです」

先日日本のオリンピック選手のメンタルコーチに依頼されて就任したというお話も。


盤面は数手進んで第二次駒組みがはじまり、先ほど見た最新盤に近づいてきました。

藤倉「後手は金無双、先手は銀冠に組もうとしています。まるで中盤みたいですね(笑)
本譜は先手がゆっくりでいけると判断しています。
将棋は方針を統一してやるほうがいいですね」

二日目その3。ようやく次の1手と思ったら終了でござるの巻。

この辺りから藤倉先生に焦りの色が見え始めます。

藤倉「もう投了図を考えなければならない局面です。…次の1手どうしよう?」

盤面はもりもり進み、後手の竜が5一に居たり、銀交換のあと後手の飛車切りがあったり。
解説のたびに「いてえー」を連発する藤倉先生。
もちろん後手にとっての「いてえー」。


△5四銀(134手目)と打ったところで、

藤倉「これは、『命だけは勘弁してください』という土下座の手です。
もうタイミングがなさそうなので、どうしようかと思ってるんですが…
次の1手できます?」

と進行役の方に聞く藤倉先生。たしかにもういつ対局が終わるか不安で仕方ない。
そして次の1手問題決定。選択肢は

  1. 5四同馬
  2. 4七馬
  3. 4三歩成(会場から)
  4. 3四馬(渡辺先生推薦)
  5. 3四歩

藤倉「5四同馬は、こちらが優勢なんだから馬を切ってもだいたい寄せ切れるでしょうという手です。郷田さんの性格なら切りそうです。
昔の棋士、大山升田大先生の時代なんかは、『もう、だいたいええやろ』とか言って、ばっさり切る人のほうが多かったはずです。繰り返しますが、5四銀は『命だけは…』という手なので、武士の情けみたいな手です。
4七馬は『友達をなくす手』です。現代の棋士ならまず9割はこの手を指すと思います。これは丸山九段の影響が大きいんです。激辛流といって、絶対に負けない手しか指さない」

と解説をしながら、「本当にこれでいいの!?」とセルフツッコミも。

藤倉「これ以外の候補手で指されたら精神的に堪えます(笑)
回答はできるだけ携帯を見ないで、できるだけご自分の力で考えて書いてくださいねー」

わざわざ「できるだけ」という言葉をつけるのが藤倉先生奥ゆかしいです。


ここで次の1手の回答・回収兼休憩時間に。

進行「当ホールは飲食禁止ですが、本日は飲み物だけは飲んでいただいてもかまいません。
その場合はカラをご自分で持ち帰ってください。ご協力お願いします」

おおー。
いや、朝日の時は普通にホール内飲食禁止の通達だけだったのですよね。まあ小さいことなんですが。
ただ棋譜をご存知の方はわかるように、対局はこの後すぐに終わります。


休憩明け。
回答が発表されます。有効投票数169票。
1番人気は4七馬で111票。2番は5四馬で34票。3番は4三歩成で8票と続きます。
正解は4七馬。拍手が起きます。

藤倉「皆さんは友達要らないんですね(笑)」
会場「(笑)」

100名を超える正解者の中から抽選で10名の方に景品が当たりました。
景品は解説者・聞き手の署名と各当選者の名前入りの賞状、名人戦の日程入りポスター、名人戦記念の名人・挑戦者の揮毫入り扇子でした。


ちなみに、事前の打ち合わせでは次の1手のタイミングを△6三歩(94手目)にしようかという話もあったそうです。
ところが解説中にうっかりその手も説明してしまいタネが尽きたとのこと。


本譜は数手進んで137手目で先手羽生名人投了。
会場から拍手が贈られました。


ぼちぼち人が立ち始めていましたが、続いて藤倉先生のまとめがありました。
後手は銀の屈伸運動でだいぶ盛り返した。先手は2八馬の構想が非凡で、4六馬〜3七桂がよかった、とのことでした。
参加者から投了後の具体的な寄せ方を聞かれ、藤倉先生が実演する場面もありました。
たしかに寄るには寄りますが、実際には5一竜が強く、寄せ切るのはたいへんだそうです。


他にもご年配の参加者から「羽生さんは永世名人になって気が緩んだんじゃないか?」とか「こういう将棋で対局者はむなしくなりませんかね!」といったちょっと過激な質問があり、聞いてるこちらが「うわあ」となったりしましたが、藤倉先生も無難な回答でとりあえず収まりました。よかった。


改めて解説者各位に拍手が贈られて終了。



終わりに

今回参加した大盤解説会は、これまで参加した会の中ではもっとも棋譜解説に力が入っているように思いました。ネタトーク控え目な分肩に力が入りがちでしたが、より将棋に集中でき、楽しく観戦できました。
…いや、ネタトークも好きです。つまりどちらも好きです。


はじめて見たPCによる駒操作もよかったです。変化図からの復元がすばやく、駒管理も正確で、ネットに繋がることで最新盤面がすぐに見れるなど、メリットたくさん。
プロジェクターを使っているので照明の加減で見えにくいことがあるのが難点ですね。しかしたとえば大型液晶モニタなら、あるいは。


参加費無料にもかかわらず、会場配布物(対局ダイジェスト、次の1手用紙)があったり、景品がちょっと豪華なのも嬉しい驚きでした。


とても面白かったです。ありがとうございました。


おしまいです。