俺は『人を殺そうとするなら自分も殺される覚悟をしろ』という言葉が好き、なんだけど

それと同じ感覚で
『人にバカと言うなら自分もバカと言われる覚悟をしろ』
と思ってしまう癖がある。
言い直すと、
『俺はお前らのことぶっちゃけバカだと思ってるんだけど、そのかわりお前らも俺のことバカって言っていいよ』
ってこと。
でもこれって、どうもよくない気がしてきた。
「まあどうせ俺もバカだし、バカなんだから何言ってもいいよね。人をバカにしたっていいよね。俺は人に言われてもへーきだし、減るもんじゃなし」みたいに開き直っちゃうと、なんか自分のバカさ加減を直す機会を自分で潰している気がするんだよね。
そもそも最初の言葉は、人の命を奪うという、取り返しのつかないことをすることの覚悟について言ってるわけで、バカなんてのは別にそれ自体が罪ってわけでもない。たばこの吸殻とか菓子パンの袋とかペットボトルとかポイ捨てするやつはバカだし存在自体がもう罪だと思うけど。そんなやつらが結婚して子供作るとかありえないよね。バカが子供育てたらバカになるに決まってるじゃんね。世の中に迷惑なだけじゃんね死ねばいいのに。…ともかくバカってのはそれぞれの主観であって、どこからどこまでがバカなんて線引きはない。はずだ。たぶん。
ええと。
まあ、要するにそういう不毛なことを考えてないで、生産的なことを考えましょうということが言いたかった。自分に対して。