第80期棋聖戦第1局大盤解説会in新潟県岩室温泉に行ってきました

今回ばかりはネット中継で我慢しようと思っていましたが、「タイトル戦+羽生木村戦+立会解説藤井九段」という豪華な組み合わせにいろいろと我慢できず、結局行ってきました。


本エントリはそのときの印象に残ったお話などを、(あまり読者のことを考えずに)つらつら書き起こしたものです。解説会は午後2時からはじまって終わりが午後8時過ぎでしたので、エントリも相応に長いです。
本局の概要や棋譜などについてはこちらからどうぞ↓
http://live.shogi.or.jp/kisei/棋聖戦中継サイト)
http://sankei.jp.msn.com/culture/shogi/kifu/kisei/080/080yosen_5-1.htm(再現棋譜
http://kifulog.shogi.or.jp/kisei/(中継ブログ)


なおエントリ中に登場する方の発言や行動の記述は主に俺のメモと記憶から再構成したものです。
あらかじめご了承ください。
内容について事実と異なる点があればご指摘ください。


では、はじまりはじまり。



場所の話とか。

本局の開催地は新潟県新潟市岩村温泉にある高級旅館「高島屋」でした。
http://www.takasimaya.co.jp/

大きな地図で見る
詳しい紹介や館内の風景は中継ブログに載っていますが、このエントリでも少しだけ触れます。
せっかく写真撮ったからとか、まあそんな理由です。


高島屋には開始5分前に到着。
フロントで受付。参加費はドリンク券付2500円也。
係の方に会場まで案内していただく。
建物自体の雰囲気と従業員の方々の落ち着いた丁寧な応対でもういい気分でした。


階段を上る。

大盤解説会場。

小さな宴会場を使っており、椅子の数はそれほど多くありません。
自分の到着時はそのうち7割くらいが埋まっており、時間が経つにつれてほぼ満席になりました。
写真の位置の後ろのほうにも盤面を映すモニタと机、椅子が用意されており、机の上には将棋盤が数枚と灰皿数枚置いてありました。こちら側に座ると、大盤解説を横目で見ながら将棋盤で検討したりモニタに注目したりできます。


この部屋からは庭園が見えます。
自分の語彙に自信がないので、素直に写真でお伝えします。


綺麗です。本当に。


中継ブログを見直して気付いたんですが、この部屋は前夜祭の宴会場に使われてました。
一瞬「そうかここで羽生棋聖や木村八段が食事したんだ…」と何かキモイことを考えてしまったが大丈夫バレてない。うんバレてない。



藤井九段、飯塚六段登場。オープニングトーク

会場を見回しているうちに会場の入り口の扉が開かれ、解説の藤井猛九段と飯塚祐紀六段の姿が。
キャーフジイサーン


最初のトークはこんな感じでした。

飯塚「振り駒で木村さんの先手になりましたね」
藤井「振り駒は天野三段でした。
 前日、天野君に『どっちを先手にするの?』って聞いたら
 天野君は『木村さんにします』って言ったんですよ。
 そしたら本当にその通りになりました(笑)」

要約:本局は天野三段に操られている。奨励会員マジヤベエ(橋本七段風に)


あとは羽生先生がやたら明るいのが印象的だった…とか。
実は棋譜に入ってからの解説とネタの密度が濃すぎて、この辺の記憶が相当あやふやになってます。すみません。
鰻屋とそれを調子付かせた飯塚先生のせいです。



解説その1。藤井飯塚コンビ。「7五歩は突かないのかなあ?」

藤井先生のトークは有名ですが、今回はそこに飯塚先生が相方として非常にいい仕事をされていまして、藤井先生一人のとき比べ、輪をかけて密度というか濃度の高い内容になりました。


初手、木村八段▲7六歩。羽生棋聖△8四歩。

飯塚「ここはすでに勝負所です
藤井「えっ、もうですか」

大盤解説会場の飯塚六段は強く断言。』と言わざるを得ない。

飯塚「ここで△3四歩はケンカ腰の手です」
藤井「喧嘩かどうかはわかりませんが、後手から色々やってやるぞという手ですよね」

言われてみると、角道が開くと「ぼやぼやしてっと角交換すんぞゴラァアアアア」という後手の声が聞こえるような、そうでないような。


本譜△8四歩で後手は矢倉志向。
ということで「藤井先生は矢倉の大家ですので、解説は藤井先生に」と飯塚先生。
…『現役の振り飛車党のなかで最も矢倉が上手く、現役の矢倉指しのなかで最も振り飛車が上手い』と評判の藤井先生です。

藤井「いやいや…△8四歩はね、一回しか指したこと無いんですよ、もう20年前くらい前に。
 対戦者が振り飛車党だったので(相振りを避けて)指したんですが。
 そしたら相手に▲6八銀と上がられて、相居飛車になりました。*1
会場「(笑)」


本譜は急戦矢倉になり、話題もしばらく矢倉の駒組みの話に。
例によって藤井先生は「▲7八金が不満」とご自身が得意とする早囲いを絡めた解説。
口調は半分ネタで半分本気という感じでしたが、

藤井「タテの攻めに対して厚くするためなら本譜でいいんですよ。
 しかし、現代将棋はタテから攻める進行とは限りませんから」


先手の6八銀の7七上がり保留についての解説から、飛車先の歩の交換の話題。

藤井「格言がありますよね。『飛車先交換に三つの得あり』。

そこで具体的にどんな得があるかという話になり、

  1. 飛車先が通るため、相手の7八の金を釘付けにできる(金が離れると飛車成)。
  2. 銀が5段目に出やすい(「とか聞いたことがあります」by藤井)。

と続きましたが…

藤井「三つ目は…三つ目はなんだろう?」
飯塚「なんでしょうね?」
藤井「(一瞬考え込んで)…まあ、『三つの得あり』って語呂がいいんですよね。
 語呂がいいから、三つ無くても『三つ』って言ったんだと思います」

今明かされる衝撃の真実。
三つの得が全部ある解説については棋譜再現サイトの57手目コメント欄をご覧ください。
もちろん藤井先生が正解って可能性もあると思います、たぶん。


本局30手目あたりの話題。
この局面は昨年の竜王戦第7局が有名ですが…

飯塚「半年経ってみても、やはり後手が少し悪いように見えますが」
藤井「ええ、しかし後手の渡辺竜王が勝ったおかげで、イメージはいいんですよ(笑)
 プロ棋士はイメージが悪いととたんに指さなくなるもんでね…」
飯塚「イメージが悪くて指されなくなったと言えば藤井先生ですよね。左美濃
藤井「ええと」
飯塚「藤井システムのおかげで左美濃を指す人がほとんどいなくなりました」

藤井システムは対穴熊が有名だが、はじめは対左美濃戦法として登場。
その完成度でプロ棋士の対局から文字通りに左美濃を一掃した…という有名な話。

藤井「…そうですね。しかし本当は左美濃にもまだ何かあるかもしれない。
 そういう意味では棋士も報道に弱いですよね。
 いずれにせよ、棋士の間では、イメージの悪くなった戦法は使われなくなります」

藤井先生が何度も「イメージ」という言葉を使うのが印象的でした。
この辺も他のシーンと同様笑いながら話していましたが、「まだ何かあるかもしれない」というところに、藤井先生の将棋に対する考え方が込められていた気がします。


39手目▲4六角のあたりで消費時間の話題。先手78分、後手72分。

飯塚「今行われている名人戦では、羽生さんは序盤でもかなりの時間を使っていますよね」
藤井「あれはね、郷田さんのせいです。
 郷田さんが長考するから羽生さんもそうなるんです」

「羽生先生は対局者の時間の使い方に合わせる」という話は以前の解説会でも何度か聞いたことがあります。
長考では何を考えているのか。もちろん筋を読んでいるわけですが…

飯塚「でも、郷田さんの3時間の長考は、どういう風に考えてるのかちょっとわかりません」
藤井「私もわかりません。
 だいたい、3時間とか考えてらんないですよ。私なんか80分も考えたら限界です。
 飯塚先生はどうですか」
飯塚「長くて2時間ですかねえ。しかも私の場合、形勢が悪い時に考えちゃうんですよ。
 指すと悪くなるからもう指せない(笑)」
会場「(笑)」

飯塚先生の自虐ネタ。しかしプロでもそうなのだから、いわんやアマチュアをや。

藤井「そもそも郷田さんや羽生さんが長考できるのは体力があるからです。
 私は体力ないです。長考したら自分が疲れるし、相手の長考でまた疲れるし」

将棋は体力。


逆にあまり時間を使わない棋士といえば?という話で、飯塚先生は谷川浩司九段の名前を挙げました。

藤井「谷川先生は割りと早いですよね。
 こっちが長考しても、ナメてるのかというくらいピシッ!と指してくる。
 それでなんだかんだで終盤いい勝負になるでしょう、そうすると谷川先生にはほどよく時間が残ってるんです(笑)」
飯塚「そこで光速の寄せが出ると」


引き続き谷川ネタ。

飯塚「谷川先生といえば、強い人は強い人の風格がありますよね。
 廊下の向こうから谷川先生が歩いてくるんですけど、遠くからでも風格があるんですよ」
藤井「わかります。
 谷川先生と対局してて、谷川先生がトイレに立ちますよね。もうそれだけで風格がある」

わけわかんないところで笑いを取りに来る藤井先生がマジヤベエ。


本譜は後手飛車先の交換のあと△1八香(48手目)。
藤井先生と飯塚先生はここで▲7五歩と突く手があるのではと解説。
控え室でもその検討がされていたが、よくわからない。

藤井「そこで大盤解説の時間ですよと呼ばれて控え室からここまで歩いて来たんですが、
 その間も飯塚先生と『7五歩突かないのかなあ?』って話をしてたんです。
 …ところがですね。
 この廊下は対局室のそばを通っていまして、我々は対局室の前で『7五歩突かないのかなあ?』って言ってしまってたんですよ(笑)」
会場「(爆笑)」
藤井「こちらもそうですが、対局室と大盤解説の場所が近いということはよくありましてね。
 対局している時に対局室の前をそうと知らないお客さんが通って『あの手は…』なんて話してるのが対局者にも聞こえることはあるんです。
 そうすると対局してる自分も『ふーんそう言われてるのか』なんて思ったりしてね。
 しかし、お客さんならいいですが、立会人が言うのはまずいでしょう!(笑)」
飯塚「いやあまずいですね(笑)」

…ちなみに実戦は▲3七桂。立会人のうっかり発言とはもちろん無関係に違いありません。


後手その後穴熊完成。先手も8七に歩を打ち、▲8八玉と入城。
先手入城を見て「あれ?先手作戦勝ち?」と藤井先生。
公式サイトの解説でもあったように、ここは深浦先生らと形勢判断が逆になっていました。
先手は4五に桂を跳ね、飛車先の歩を交換。後手は4二の金を△3一金まで引いて固めます。
端歩のタイミングも難しいところでしたが、後手は9筋の歩を伸ばし、先手も1筋の歩を伸ばします。

飯塚「ねじりあいですね」
藤井「ねじりあいですね」

しかし後手からの攻めを検討してみると、中段に先手玉の囲い(「木村流空中要塞ですね」by飯塚)ができて上手くいかない。
藤井先生の評価としては、後手側は穴熊は固めても打開が大変なのでは?ということでした。

飯塚「ここまでの形勢はどうですか」
藤井「勝負はわかりませんが、形勢は先手がいいと思います」


ここで▲1五歩(65手目)に対して次の一手出題と休憩入り。
候補手はたくさんありました。ざっと挙げると△9二香、△9三桂、△8六歩(「ほぼ一手パスです。飛車の位置を変える意味もありますが…」by藤井)、△8二角、後手64歩、△8三飛、△8二飛、△5四歩(「大穴です。ケリをつけに行く手ですね」)、△5八歩(「おまじないの手です」)

藤井「これだけあれば、どれか当たるでしょう」

確かに。



休憩時間。

せっかく撮ったのでロビー付近の風景をお楽しみください。
このエントリは読みやすくまとめる気さらさらないので、この辺で目を休めていただくとよいです。






解説その2。青野飯塚コンビ。木村八段は生まれ変われるのか?

30分の休憩を挟み、解説会再開。
壇上には続投の飯塚先生に加えて、青野照市九段が登場しました。
最初は将棋連盟の理事として、地方でのタイトル戦や大盤解説会などを通じた将棋の普及活動、地域おこしについてのお話がありました。
また将棋の社会的教育的役割に対して、来期は国から予算が出るということも仰っていました。


さて本譜。

青野「藤井先生は控え室でも『これだけアレなら先手よし』といってたんですが、渡辺竜王がメールで『穴熊決まったら後手がいいに決まってる』というんです。
 形勢判断はプロ棋士でも真っ二つに割れています」

公式のサイトを読むと、その頃控え室では大盤解説から戻ってきた藤井先生とネット中継担当の深浦先生の間で、その辺の真っ二つの大局観の検討がはじまっていたそうです。


そして次の一手問題、解答編。
正解は藤井先生が「一手パスだからたぶん指さない」と言っていた△8六歩!

青野・飯塚・会場「えええー」
青野「これは出題者が悪い!(笑)普通当たりませんよこれは。
 しかもそれで正解者がいるのがまたすごい」

2名の方が正解でした。商品は対局者の色紙。

青野「藤井先生は控え室で『▲3五歩突いて勝ちだ!』ってずっと言ってましてね(笑)
 私はどうかなあと思ってたんですが、藤井センセの勢いで押されましてね、『もしかしたらそうかなあ?』と」
飯塚「青野先生もそうですか。私も藤井先生の勢いで先手いいように思い始めてました(笑)」

とは言いながらも、飯塚先生が藤井先生がしていた検討を改めて青野先生に説明。
▲3五歩△同銀▲同角△同歩から手がないと思いきや、端を絡めて攻めが継続。

青野「おや?なんだかいけそうな気がしてきました」


藤井先生の話題が続きます。

青野「実は、藤井先生は木村さんに勝率がいいんです。8対3だったかな」
飯塚「藤井先生は『自分は攻め将棋で、木村さんは受けてくれるので楽だ』と言ってました。
 実はこちらも攻められたら危ないという勝負どころでも木村さんは踏み込んでこないと…」
青野「そうは言っても、木村さんに勝てる人はそうそう居ませんよ」


と言ってる間に、モニタを見ていたお客さんから

会場「指した!(▲3五歩着手)」
青野「やりましたねー。藤井株急上昇ですね」


青野先生からウェブ中継でリアルタイム観戦記を書いている梅田望夫さんの紹介。
さらにその梅田さんが書いた野月七段の木村評の話題。
いわく、木村の棋風は受け将棋だといわれているが、本質は攻め将棋である。

飯塚「そういえば、故・大山先生も受け将棋と言われるのを好まなかったそうですね。
 自分は受け将棋なのではない、準備のいい将棋なんだと」
青野「私の記憶では『準備をして間合いを詰めていくと、相手が遠いところから無理攻めをしてくるんだ』と仰ってましたね」


しばらく大山永世名人の話題。
故・升田実力制三代名人の復帰(引退)をかけた三番勝負では、二番手の青野先生が勝って升田先生が引退してしまったため、三番手の谷川先生が一回も升田先生と戦えなくて残念がったという話。*2

青野「ついでに大山先生も自分の手で引退させて、『大山升田を引退に追い込んだ男』と呼ばれてみたかったんですが、ついにかないませんでした(笑)」

それはちょっといい野望だなあと思いました。


大山・升田と同時代の大棋士二名の名前が出たところでこんな話が。

青野「大山先生については、生きておられるときに私はすぐ近くにいましたから、いいところも、正直どうかなと思うところ、悪いところも、たくさん見てきました。
 ただこれだけは素晴らしいと思うことがありまして、大山先生は昔話は絶対にしませんでした。
 大棋士ですから昔の自分の手柄とかたくさんあるのに、絶対に言わないんです。
 『これからどうするか』しか言わなかった。
 升田先生は、将棋の上では『新手一生』と仰っていた方で、人柄もそうかと思いきや、普段は昔話が多かったですね」


往年の名棋士エピソードを満喫したところで本譜もようやく進展。
着手は△3五同銀(72手目)。
検討と解説が続きます。
▲同角△同歩▲3三歩という筋を中心に大盤上で検討が進められましたが、実戦は単に▲3三歩。
即座に反応する青野先生。

青野「なるほど」
飯塚「なるほど。
 何が『なるほど』なのかわかってませんが」
会場「(笑)」

飯塚先生の冷静な自分ツッコミがじわじわ面白いです。


この▲3三歩は△同桂/△同銀の両方に対応できる手で、大盤解説陣にも高評価。
この頃控え室でも藤井先生から「絶品チーズバーガー」の名?台詞と同時に予想されていた手だそうです。
本譜後手の応手は△3三同桂で、以下▲同桂△同銀と検討の範囲で進みました。
そこで▲3五角と角切りがいい手だと予想されていました、というか、それしかないだろ!という雰囲気でしたが…


次にモニタ内に映った手は▲6八角


会場はしばらくどよめきました。

青野「…藤井さんの言うことがわかってきましたよ。
 木村さんはたしかに踏み込んでこない」

これで十分いいと思ったのか、あるいは踏み込むことに臆したのか、そこは対局者に聞かないとわかりませんが、解説のお二人は微妙な表情でした。

青野「これで木村さん負けたら、藤井さん言いますよ。
 『だから木村君負けるんだ』って」


ここで形勢判断。
しかし先ほどのように「先手がいい」「いや後手がいい」と言える印象ではなく、「形勢は変わった」で両者一致。


ここで次の一手が出題されて休憩になりました。



解説その3。藤井深浦コンビ。そして満開の木村ワールド。

休憩明け、今度は藤井先生の再登場に加えて深浦康市王位が登場。
深浦先生が藤井先生と一緒に登場したときは、もう率直に「豪華だなあ…」と思いました。


次の一手の解答は△2二金上。


盤上はさらに▲4五銀と着手されていましたが、その前に深浦先生が藤井先生に「ここまでの進展どうでしたか?」と話を振り、藤井先生が改めて説明。
途中参加のお客さんや途中参加の解説者に優しい大盤解説会です。

藤井「形勢はよくわかんないけど、穴熊攻めは楽しいですよね」
深浦「穴熊崩しといったら藤井先生ですね」
藤井「穴熊って嫌いなんですよ。特にまったく手がつかない状態で負けたりしたら、もう、将棋やめたくなりますよ」
深浦「だから穴熊攻めができると逆に楽しくなるんだ」
藤井「そうです」

深浦「私も穴熊やって藤井先生に痛い目に合ってます。
 穴熊攻めのコツってなんでしょう?」
藤井「こういうのは勢いでね、ウヮーっと攻めるんですよ、ウヮーっと(1〜3筋を手のひらで煽る仕草)」
深浦「勢いですか(笑)」
藤井「そう、こういうのは勢いが大事」

二人とも笑ってましたが藤井先生はたぶんマジです。



お二人とももうちょっと色々言っていた気がしますが、ともあれ全体的に『深浦先生の藤井ヨイショがすげえ…!』という印象が残っています。


▲6八角について。

藤井「あの手を見て控え室はひっくり返りました。
 ああ、木村さんは変われなかったんだって思いましたね。
 人間はなかなか変われないんだって」


受けが好きだという木村先生の話から。

藤井「羽生さんも受けが上手いですよね」
深浦「いや、羽生さんは受けあんまり得意じゃないですよ」
藤井「えっ

「えっ」がものすごく素でした。

深浦「羽生さんは受けがうまいというよりは、状況に応じて手を作るのがうまいんですよ」
藤井「なるほど…」


本譜は△9五歩▲同歩△9八歩(82手目)と進行。

深浦「香で取るんでしょうが、玉で取る手もあります」
藤井「ありますね、一応」
深浦「実戦でもよく出てきますが、最初この手を覚えた時は抵抗ありました」
藤井「私は今でも抵抗ありますよ


先の▲4五銀(79手目)について一言。

藤井「ヌルい手を指して、相手に攻めさせる手です。
 そして相手の攻めを受け切ってしまおうという作戦です」
深浦「そうなんですか?」
藤井「そうです。彼はそういう男だから」


本譜はその後91手目に打った△8四桂が△9六桂と跳ね、王手に。
玉がどこに逃げるか注目されましたが、応手は▲9七玉!

藤井「うわあ、これは気持ち悪い」

「気持ち悪い」を連発する藤井先生。

藤井「こういう手、深浦先生はやりますか」
深浦「いや、昔はやりましたよ。
 でもこんなつくりにはしません。だっておかしいでしょ」

「おかしいでしょ」を連発する深浦先生もいろいろ容赦ないです。
しかし本当に、この先どうなるんだろうこの木村玉。

藤井「しかし、おそらくこれは木村さんの予定です。持ち駒見てください。
 さっきまで先手が歩切れだったのに、(後手の一連の端攻めで)歩が一気に先手に移動しました。
 ここから飛車を取りに行きます」
深浦「わらしべ長者みたいな手ですね(笑)」

後手の飛車が取れると先手玉が安全になるし、1段目からその飛車で王手がかけられる。
ということで実際に飛車を詰ます筋をやってみせる藤井先生。

深浦「飛車が詰んだ…ってそういうゲームでしたっけこれ?」
藤井「飛車はね、王と同じくらい価値があるんですよ。
 だから将棋には王が二つあるんです」
深浦「ルールが変わったんですか」
藤井「変わった、いや変わってないんですけど、そのくらい価値が高いんです。
 最近ようやくわかってきました。
 …とまあ、半分は冗談ですけど」


ぽろっと

藤井「まあ、人の将棋は気楽ですよ」


とりあえず先手はここから入玉を狙うんだろう、という話に。

藤井「ここは入玉の専門家の深浦先生に解説をお願いします」
深浦「そんな遠慮なさらないでください」
藤井「いや、私にはわかりません。入玉って経験じゃないですか。
 私、入玉とかしたことないんです。持将棋だってないし」


木村藤井の対局の話。

藤井「木村さんはこちらが振り飛車の時よく急戦をしてくるんですが。
 研究でうまくいかないとわかってる急戦を仕掛けてくるんですよ」
深浦「木村さんはそれを知らないんですか?」
藤井「それが、どうも知っててやってくるんです。
 こっちは『それうまくいかないのにな〜』って思いながら指す。で私が勝ちます。
 ところが同じ急戦で若手の振り飛車党には勝つんですよ」


解説&検討中にふと持ち駒に目をやる藤井先生。
先手に桂が三枚あることに気付き一言。

藤井「おや、三桂ありますね。この棋聖戦のスポンサーです。三桂(産経)新聞になりました。
会場「(笑&拍手)」
藤井「これで木村さんが勝ったらいいですね。
 『木村、サンケイで勝利』。一面になりますね(笑)」
深浦「本局も記事が載りますので、産経新聞、よろしくお願いします」

その後の検討で先手の変化にさらに桂が一枚持ち駒に加わる可能性があることが判明。
ただし先手負けコース。

深浦「…四桂(死刑)はまずいですね…
藤井「…まずいですね…
 やはりここは三桂、三桂新聞でいっていただかないと」


さらに検討。先手玉が9四まで移動できる可能性が。
しかし玉の位置に「気持ち悪いなー」と繰り返す藤井先生。
そして、なぜか「こういう指し手をする将棋ソフトはないか」という話に。

藤井「出ませんかね、木村さんみたいな指し方をするソフト。
 将棋ソフト『木村』
深浦「嫌ですねえそれ」
藤井「ものすごく強い上に、(盤面を眺めて)こんな風に指すので詰ますまで難しい」
深浦「(9筋を上ろうとしている木村玉を眺めて)がんばって勝っても気持ちよくなさそうですねえ…」


その後、先手が奇跡的に詰まない筋があるとか、いや詰むとか、そういう検討がありつつ進行。
△4四銀(100手目)のぶつけに対して▲5六銀と引いたところで飯塚先生が解説会場に。

飯塚「控え室ではまだ寄せ筋が見えてないんですよ」
藤井「ふふ、こちらでは見えましたよ」

再現してみせる藤井先生。


△5五銀からじわじわと進んで、そろそろ次の一手を…という話に。

藤井「しかし、三桂で負けはちょっと…」

三桂で勝ちにこだわりたい藤井先生。
スポンサーへの配慮と言うよりは、たぶんただ語呂の問題のような口調。


寄せの筋を解説しながら、寄せる時の持ち駒の話。
角二枚持つよりは、その角を一枚使って金を持ったほうがいいよね…という話から。

藤井「角金交換でこちらが角をもらっても、経験からいうと、その角はまた相手の金をはがすのに使うことが多いんですよ。
 だから結局お互いに角と金をやったりとったりしてるんですね(笑)」
深浦「寄せる時に金があるのは大事ですよね。金はとどめの駒と言われてますし」
藤井「そうそう。金に限らず、駒の性格を理解するのは大事です。
 NHKの将棋講座とかでね、初心者向け講座で『駒の性格を知りましょう。今日は歩の手筋を勉強しましょう』とかやってるのを見て『へっ、今更何を』って思う人もいると思うんですが、こういうのって、いつになっても大事なんですよ」
深浦「そういえば羽生さんは詰め将棋がいいって言ってましたね。詰め将棋は駒の性格を覚えるのにいいんだそうです」
藤井「ほー」


そして無理矢理気味に次の一手
△9三香(106手目)に対する先手の応手が問題になりました。

深浦「これ投了もあるんじゃないですか」
藤井「投了もあります」

うわあ。
最後に深浦先生が最近出した本の宣伝をして休憩入り。

プロへの道

プロへの道

本はそのまま次の一手の商品になりました。



解説その4。青野飯塚コンビ再び。そして投了。

休憩明け。再び青野先生と飯塚先生が登場。
次の一手正解は▲7七角打でした。


途中から来た人用に棋譜の解説を再度行うお二人。


本譜は木村先生の粘りが続きますが、青野先生曰く「もう勝ち目が無い」。

青野「残念ながらもはや木村さんの必敗形です。
 見切りの早い人だと、この局面のだいぶ前に投げて、あとはうな重でも食いに行ってますね。
 しかしこういう粘りの精神のある人は、いずれ大事なところで勝ちます。
 10回に1度…いや、プロの世界だと100回に一度かな?」


局面はどんどん進み、△8四桂(130手目)。
ここで「秒読みはしてないのか?」と会場のお客さんから指摘がありました。
そこでモニタをいじってみると音量がまだ上がることがわかり、秒読みの声が聞こえてきました。

青野「いつごろから秒読みするかは難しいところなんですが…『あと何分?』てしつこく聞く大先生がいて、対局すると困るんですよねえ(笑)」
飯塚「大先生は10秒くらいのときに『あと何分?』と聞いて、20秒後にまた『あと何分?』と聞いてくるんですよね(笑)」
会場「(笑)」

大先生ネタが鉄板すぎる。


そこからさらにさらに木村先生が粘り、投了が告げられたのは142手目△6六角成左。
対局者と壇上の解説者に拍手が贈られました。



終局後。

しばらくしてから、対局者のお二人が対局室から大盤解説会場に姿を現しました。
デジカメや携帯のカメラでがんがん撮る会場のお客さん。含むわたくし。


短い時間ですが質疑応答がありました。
質問は飯塚先生が担当。
げっそりした様子の木村先生がちょっと気になってしまい、羽生先生への質問はほとんど聞いていませんでした。すみません。
もちろん羽生先生もさすがに表情に疲れが見られました。


さて敗戦直後というタイミングでありながら、いつもの飄々とした調子で質問に答える木村先生。
質問の中で指摘された筋について。

木村「いい筋だと思います。それはお強いですね。どなたですか」
飯塚「藤井先生です」
藤井「私です」
木村「ほう、なかなかお強いですね(笑)」
藤井「ありがとうございます(笑)」

笑いに包まれる会場。


質疑応答が終わり、大盤解説会もこれで終了。
改めて拍手が贈られ、解散になりました。


午後2時から8時までの長丁場でしたが、たいへん楽しかったです。
行って本当によかった。
ありがとうございました。




次回対局は6月19日(金)。
兵庫県洲本市の「ホテルニューアワジ」で開催されます。



おまけ。

岩室温泉の街中で撮った一枚。

「キリストは振り飛車党」というわたくしの説が着々と補強されております。
しかしそれでは『棋士の中で最も敬虔なクリスチャンにして、クリスチャンの中で最も将棋が上手い』大先生が納得しないでしょう。
難しい問題です。




おしまい。